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ベストチョイスシンドローム

あらゆることに対して最適化を目指す最良選択症候群

NHK・BSザ・プロファイラー「なぜ殺し合いは起きたのか?ポル・ポト 姿なき独裁者」を観ました。

岡田准一が出演している NHK・BS「ザ・プロファイラー」でカンボジアの独裁者ポル・ポトを特集していたので録画して観てみた。ポル・ポトというと虐殺の独裁者というイメージだが、どういう人物なのかは、よく知らない。どのような人物かくらい知っておこうと思い、何となく録画してみた。冒頭、田原総一朗氏が、ポル・ポトは、自分が直接虐殺はしていないし、本人は悪いことをしているという意識が無かったのではないかと説明した。

ポル・ポト(本名サロト・サル)は、カンボジアの裕福な農家に生まれ国内のエリート学校に進学しフランス留学を果たすが、周囲の優秀な学生の知識について行けず劣等感を抱く。フランスで革命思想を会得したサルは、カンボジアに戻り、シアヌーク国王政権を転覆させるべくクメール・ルージュを組織化し、ゲリラ活動を開始した。追っ手を逃れるためジャングルに身を隠し機会を窺っていた時、ロン・ノルにやよるクーデターが起こりシアヌーク国王が追放されると、その混乱に乗じてプノンペンに攻め入り首都を陥落させた。

貧しい国民は、ポル・ポト政権に期待したが、ポル・ポトは、先ずプノンペンの住民を強制的に全て市外に追放し、家族をバラバラにし国民全員を農業に就かせるという暴挙に出て、知識人や反抗する者は処刑した。ポル・ポトは、オンカーというピラミッド構造の何層にもなる組織を作り上げ、自分はその上層部とのみ接触し指示をした。やがて農業の収穫が上がらず餓死者が出ると「責任を取るべき者がいる。」といって粛清を始めた。オンカーの下層の人間は誰の指示かも判らないまま、恐怖にかられ虐殺を行った。

カンボジア国内各所には虐殺が行われた場所が点在しており、映画「キリング・フィールド」(1984年アカデミー賞3部門受賞)の題材となった。ベトナム等の周囲国から攻め入られると、共産主義拡大を恐れるアメリカと手を組み対抗したが、政権は4年弱で崩壊した。虐殺された人は100万人~200万人といわれる。ポル・ポトはその後も1998年まで生きた。

番組の中で田原総一郎氏は、ポル・ポトの特性として「臆病者」、「責任逃れ」、「学歴コンプレックス」を挙げ、本人に「罪の意識が無かったのではないか。」と指摘していた。ポル・ポトは、人前に出ることが少なく残された写真や映像なども少ない。そういう意味では、独裁者とはいえヒトラーなどとは異なり、影で国を支配しようとする怖さを感じる。臆病者、責任逃れ、学歴コンプレックスの3つを備えた人物が、間違って権力者になると恐ろしいことになるという歴史の証明であると思った。

ポル・ポト〈革命〉史―虐殺と破壊の四年間 (講談社選書メチエ 305)

ポル・ポト〈革命〉史―虐殺と破壊の四年間 (講談社選書メチエ 305)