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ベストチョイスシンドローム

あらゆることに対して最適化を目指す最良選択症候群

精神的にゾンビ化すると屍として楽になる話

しばらくの間、ゾンビになっていた。人に噛みついて伝染するというゾンビではなく精神的にゾンビになっていた。職場であまりにも不条理なことが続くのでそれに耐え得る手段として自ら「生きる屍」となり彷徨い歩いていたのだ。職場の誰に何を言われてもその通り対応し、矛盾が生じると右往左往を繰り返す。何しろ屍だから何を言われようともう関係ない。

もちろんウォーキングデッドになっても溜まった仕事は序々にこなし、職場のコーヒーサーバーのコーヒーはこまめに欠かさず飲んでいる。休日には子供と海釣りに行き42cmのアイナメを釣った次男を称えたり、BSで録画した「トップギア」を観てジェレミーの毒説に喝采を送ることは続けており、家に帰ってからのスナック菓子が唯一楽しみの普通の家庭生活を送っている。

ただ一つ異なるのがゾンビ化により感性が消滅したことで日記を書く気が失せてしまったことだ。これまでも仕事は忙しかったがをそれでも日記をせっせと書いていた。あまりこれというネタが無かったこともあるが、生きる屍は情報発信しようという気力がなくなる。

ここでゾンビ映画の一つの疑問が湧いた。「ゾンビはブログを書くか?」ということである。ゾンビがショッピングセンターに集まるのも生前の習慣がそうさせると説明されている。ならばブログを書いていた人間がゾンビになったらパソコンやスマホでブログを投稿するだろうか。そう考えると新しい映画の構想が生まれる。「ブログゾンビ(Blog Of The Dead)」である。タイビングも不自由なゾンビが必死に生前のブログを短文で続けるうちに生と死の境界を認識し生前の自分を思い出すという架空のストーリー。続編として「SNSゾンビ(Facebook Of The Dead)」も用意されている。今度はゾンビが自撮り写真を毎日FBに投稿する。何でもかんでも投稿する人はゾンビと同じ屍化しているのではないかという風刺が含まれている。バカバカしい空想だがレンタルオンリーのB級映画ならありかもしれない。

ところで一月半もゾンビになっていた私が何故覚醒できたかというと図書館で借りた「帰ってきたヒトラー(下)」を読んだからである。この本のことを書こうと思ったが長くなったので次回とする。人生に行き詰まったらゾンビになることをお薦めします。楽になることができます。