ベストチョイスシンドローム

あらゆることに対して最適化を目指す最良選択症候群

乳幼児期の子育てにおける実家とママ友の弊害

現在、小5と小3の息子がいる。親の言うことをなかなか聞かない上に、家に帰って来て小学校での先生や級友の行為にあれこれ文句を言い、その愚痴たるや居酒屋のサラリーマン並みである。 そうはいえ多少分別はついてきたので昔からみれば手はかからなくなった。これから中学生になると、受験などもあり難しい年頃になるので、また少し大変になるだろう。そう思うと今はまだ平穏な時期なのかもしれない。

赤ん坊の時期は大変であった。といっても何が大変だったかというと、正直、具体的に思い出せない。ただ、お風呂に入れたり、オムツを取り替えたり、夜泣きするので抱っこして散歩したり、外食時も自分は急いで食べ終え泣く子供を抱いて店外で待ったりしたことはあった。ミルクもオムツも問題ないのに愚図るので何だろうと思って、鼻みずを吸引したら泣き止んだこともあった。当時、賃貸アパートの2階に住んでいたのだが、子供がうるさいと階下の家からドンドンとつつかれたりした。これには参って、それでマイホ一ム購入が早まった。

それでも日常の出来事については何とかなるが、子供の成育に関することについては、わからないことも多かった。例えば、離乳食を止める時期、オムツを外す時期、立って歩く時期、母乳とミルクなどである。現代は育児雑誌なども多くあり、オムツトレーニング、離乳食メニューなどの情報はあるが、その時期が何歳何ヶ月頃が妥当なのかはなかなか判らない。慨ね何歳何ヶ月が目安だが個人差があるので遅くても焦らないでというのが、大体の雑誌の記載であったと思う。私も「遅いくらいで丁度よい。」が正しいと思っている。

一方で余りにも情報が多くてママも迷ってしまうという話も聞く。確かに雑誌以外の書籍では、個性的(極端)な育児法もあるので迷うかもしれない。しかし、特別な育児方法を望んでいる人は少数だと思うので、そこで悩む人は少ないと思う。そもそも本当に情報が「多くて」悩んでいるのだろうか?Googleで世界の様々な地域の子育て情報を収集している人ならば、情報が「多くて」悩むだろうがそのような人は稀有だろう。実は情報が多くて困っているのではなく、偏った若しくは間違った相反する少数の情報で悩んでいるのではないかと思っている。

その偏った若しくは間違った情報の情報源の一つは「ママ友」と「実家」である。立って歩くのが早いと偉く遅いと病気という類の観念である。単純な判定をされるため、兎に角早く歩かせようとする人もいるが、脚の成育が十分ではないうちに歩かせると骨の発育に悪い影響があると聞いたことがある。もっと悪いのは食事の方で、早く大人と同じ料理を食べると偉いという観念である。早く大人と同じ食事を与えたために、食物アレルギーになっているケースが多いのではないかと推測している。特に食事に無頓着な実家で変に御馳走と感違いして(又はラクをするために)軽率に大人と同じ食事を与えるのは危険だと思っている。

我が家は子供が生まれた後、少し経ってからこれらのリスクを感じて所謂ママ友や実家とは距離を保つようにしている。現在もそうである。自分の親(爺・婆)も、初めのうちは子供の面倒をみてもらおうと思っていたが、あれこれ注意点を挙げるうちに双方嫌になってきて途中からあてにしないことにした。幸い2人の子供は、現在のところまずまず健康に育っている。

昔と今では子育ての常識も変わってきている。虫歯菌の感染を防ぐために大人が使用した箸や匙を使わないことの徹底や、暖房が行き届いているので必要以上の厚着をさせない、無理に母乳を与えるより栄養価の高いミルクがよい、おしゃぶりは歯列に悪いなど常識になりつつあるが、世間一般、特に古い世代や古い世代をそのまま引き継いでいる母親には浸透していない。

また、これらの正しい知識を普及させるために最もその役割を期待される自治体の保健師も、職場で伝承されていると推測される古い知識に依っていると思われることもあった。実際、我が家を訪問し、不躾に成育が遅いと言って不安を増長させて帰って行ったことがある。

私も育児の多くは妻に頼ってきているので偉そうなことはいえないが、ただでさえ大変な子育てを、一見サポートしているかのようにみえて実は足を引っ張っているということは、できれば解消されてほしいと思っている。子供を責任を持って面倒をみるのは最終的には親だけである。無責任な発言に対しては、例えそれが何と言われようとも、無視や拒否する態度も親には必要だと思う。