ベストチョイスシンドローム

あらゆることに対して最適化を目指す最良選択症候群

学習発表会で主役の浦島太郎に抜擢された話

子供の学習発表会の様子をビデオに収めブルーレイディスクにして実家に持って行った。過去の学習発表会では、子供が桃太郎役や孫悟空役を演じた時は親も発表会に呼んだが、今回は出番が少ないこと、場所をとるのが面倒なこと、親が舞台の孫をみつけられないことなどから今回はビデオ報告となった。ビデオを観るといっても私が Гここで出て来る。」と言って「あー、いたいた。」で終わりである。そして次に母から出てくる言葉は「そういえば、昔、浦島太郎演ったよね。」という話である。

ここからは私の昔話。学習発表会といえば、私が小学1年生の時に「浦島太郎」の主役をやった話が実家の定番である。私が入学した小学校は1年生が7クラスもあるマンモス小学校で、翌年には校区に新しい小学校が新設され、分割されて私もそちらに移った。7クラスなので当時凡そ250人くらいはいたと思う。秋の学習発表会の時に立候補した記憶はないが先生から劇の浦島太郎の浦島太郎役をやるように言われた。浦島太郎は浦島太郎1号と浦島太郎2号の2名がいて、私は前半の亀を助けて竜宮城に行く浦島太郎1号役で、もう一人は地上に戻って「これはすっかりおじいさんだ。」と言う浦島太郎2号役である。どちらかというと浦島太郎1号がメインと自負しているが、浦島太郎2号の方が印象には残るかもしれない。

練習したような記憶も微かにある。母によると本番も特にミスもなく演じていたようであるが、特に素晴らしかったという話もない。ビデオもない時代なので客観的どのように演じていたか知る術もないが、写真をみる限り特に表情豊かという感じでもないし、声はそれなりに出ていたと思うが感情豊かにという感じでもなさそうである。ただ皆に「浦島太郎」と言われるのが少々嫌であったという記憶がある程度である。ただ、現在、息子に「お父さんは浦島太郎の主役をやった。」言っているくらいなので、これはパッとしない我が人生においては、実は自信になっている出来事かもしれない。自分が選ばれたという自尊心を無意識に植え付けられたかもしれない。

そう思うと小学1年生の時に約250人もいる中で、なぜ自分が主役に選ばれたかということになる。頭は悪くはなかったかもしれないが特に優秀というほどではなかったと思うし、どちらかというと大人しいタイプだったと思う。ただ友達が狭い我が家に随分遊びに来ていたので多少社交的であったかもしれない。運動もまずまずできる程度であった。もっと活発で目立つ出来の良い生徒は他に居たと思う。後に母が、参観日か何かで学校に行ったときに当時の担任のY先生に何故主役に選ばれたか聞いたそうである。Y先生は中堅どころの男の先生で厳しいながらも活発な感じであった。決してバカ騒ぎするタイプではない落ち着いた感じの先生であった。

Y先生曰く「できるかできないか少しわからなかったがやらせてみた。」と仰ったそうである。実は私は幼稚園には年長の後半の半年しか行っていない。これは幼稚園に空きがなかったということが理由だと親から聞いている。このため小学校に入ってからも集団生活の細かい部分でやや公私が分けられないところがあり、人と違うと感じることがあった。多少社交的というのは厳密にいうと公私を使い分けることができなかったということである。今思えば、もしかするとY先生は私のそういう部分を見ていたのかもしれない。7人も担任の先生がいる中でどのように私を推したかはわからないが、今思うとY先生が主役に抜擢されてくれたことは自分の大きな自信となってその後の人間形成に影響したかもしれない。自分の子供が小学生になってそう思うようになった。 

人生讃歌

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