ベストチョイスシンドローム

あらゆることに対して最適化を目指す最良選択症候群

苦手なゲーム

誰でも苦手なものはあると思う。これはダメという食べ物や、これをみんなの前でやらされるのは勘弁してほしいとか、このスポーツは全くできない、この勉強科目だけは皆目わからないなどあるかもしれない。私も高校の柔道で助走して前に飛び込んで前転するのはできなかったし、水泳も不格好で取りあえず沈まず前に進む程度である。ソフトボールもボールが大きく取り損ねたし、人物画なども小学生並み、一輪車は乗れない(これはいいか)。実はスクーター(原付)は乗れないというか乗ったことが殆どない。大学生のとき、運転は簡単と言われて、知り合いのスクーターを運転させてもらったが、少し走り出した所で危なく大転倒しそうになって以来、運転していない。今、運転しろと言われても勘弁してほしい。苦手である。

そうはいえ、これまでそこそこ何とかこなしてやってきたが、一つだけ嫌な記憶がある苦手なものがある。それは20~30人くらい集まって行うあるゲームなのだが、名前はわからない。イメージ的には体育館のようなところに集まってはじめに一人が動物などの名前をいうと言う。すると直ちに、その「文字数」の人数が手をつないで一組できるとその場に座りセーフとなる。手をつなげずに残った人(一人又は複数)がアウトとなり、次に動物などの名前をいう番になる。例えば全部で27人いて、初めの人が「ツキノワグマ」(6文字)というと、一斉に近くにいる人と手をつないでそれが6人になるとその場に座る。6人が4組できるが、27-6×4=3人は手をつなげずに残ることとなる。残った人にバツゲームでモノマネなどという設定もあるかもしれない。聞くだけなら楽しそうなゲームに聞こえるが、実は結構嫌なゲームである。

このゲームは、子供の時ではなく、就職1年後に、前にいた会社の組合のレクリエーションで1泊2日で会社の保養所に行った時に行った。このレクリエーションは、入社1年目の社員を集めて先輩社員が適当な話をして体育館で少し運動して飲みニュケーションを図ろうというちょっと古いタイプのイベントであり、それ自体は親睦を目的としたものであった。体育館で球技だとか一通りやった後、件のこのゲームをすることになった。その時は2~3グループくらいに分かれて1グループ25~30人くらいいたと思う。「何だか子供っぽい面倒なことを考えるな。」と思ったがゲームは始まった。ゲームが始まると、私はどうも反応が悪いのか、一緒になるのが遅いのか、近くの人はすぐ他の人と手をつないでしまい、自分で動いても既に遅いという感じを繰り返し、大凡2回に1回は自分が残り者になってしった。別に罰ゲームはなかったと思うが、会社の所属と氏名を名乗ることになっていた。早く終わってほしいと思った。

自分が頑張って何とかやろうと思っても、他の人には上手くできることが自分だけできないというこれまでにない少し惨めな気持ちになった。何度も残り者になるといじめられっ子のような孤立感を感じた。それでも「単なる遊びなんだから…」と割り切れればよいのだが、よくみると、会社でもそれなりにデキるタイプの人間はリーダーシップを発揮していち早く仲間を作りセーフとなっている。私以外にもよくアウトになるのはちょっと目立たないような人間で特定の人間が残る傾向があった。昔からあるゲームのようなので、元々は、男子が女子と手を繋ぐことができるなどという他愛のない発想のゲームなのだと思う。しかし、結託、裏切、強引、奪取などというネガティブな要素を含んだ意外と恐いゲームである。

このゲームの話はこれっきりで、その後、これが話題になることもなかったし、このゲームをすることもなかった。あくまでもその場だけの単なるゲームである。しかし、私にとって、能力の無さを自覚させられ深い苦手意識を刻み込んだ出来事であった。 

実は、最近、小学生の息子が「お楽しみ会で何をやったらよいだろう?」というので、とりあえずこのゲームを教えた。準備は何もいらないし、小学生なら楽しめるのではないかと思ったのである。ところが、実際にやってみたら、友達の取り合いや、2人が一つの組に入ろうとするなど、混乱が相次ぎ、雰囲気が悪くなり収集がつかなくなったそうだ。これを聞いて失敗したと思った。自分と同じ思いをさせてはいけない。このゲームは封印した方がよさそうだ。



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