ベストチョイスシンドローム

あらゆることに対して最適化を目指す最良選択症候群

「解説」と「導入」

昔、大学生の時、塾の講師のアルバイトをしていたことがある。殆どが見習い期間で、一時小学生の夏期講習を受け持ったが、正講師に成れそうもなく、結構時間が拘束されるので半年程で辞めてしまった。一緒に入った十数名も私が辞める頃には殆ど辞めてしまっていた。

あまりお金にはならなかったし、決して熱心に取り組んでいた訳ではなかったが、今、思えば、貴重な経験をさせてもらったと思っている。まず、人前でプレゼンテーションする訓練ができたこと。「わからない」とは何かを考えることができたこと。しっかりとした準備をすると結果が上手く行くことを実感できたこと。自分を客観視できたこと。何れも社会人になって役立っていると思う。

私は、英語であったが、定期的に教科の講師が集まる勉強会があって、新人の模擬授業の評価や授業の研究を行っていた。初めての勉強会の前に私を指導してくれていた講師から、「今度みんなの前で授業のテストをしてもらう。『解説』と『導入』があるけど、まずは『解説』からやってもらう。」と言われた。意味が分からなかったので訊くと、宿題の答え合わせのような既に説明した単元の説明をするのが「解説」で、生徒が全く知識のない新しい単元を説明するのが「導入」ということだった。

確かに既に概念・趣旨が分かっていることを個別の事例で説明することは比較的容易である。しかし、全く知識が無いことを一から理解し記憶に残るように説明することは難しい。英語で主語が三人称・単数・現在の時、何故動詞にSを付けるかを相手が理解できるように説明するには、英語が言語学上、なぜ人称や複数を区分するようになったか学ばなければならないかもしれない。「何で英語ってそんな面倒なことするのよ?」と子供に訊かれた時に説明できないと、子供が英語に不信感を持ってしまうかもしれない。「教えることは二度学ぶことである。」ということである。

複利計算の公式を理解し、手計算で計算したことがないと納得できる年金の説明が難しいかもしれない。別の例だと、子供に「一万円札を国内で印刷しているのだったら、ジャンジャン印刷してバラまけばいいのに?」と訊かれたとき、国立印刷局が印刷した貨幣を日銀が貸し出しや国債購入により市場に供給する仕組みを理解できないと説明できないと思う。(私も理解していないが…)昔、円安の時、その原因についてテレビで評論家が経済指標などを基に議論していたが、野村総研リチャード・クー氏が「日本が一万円札をどんどん印刷するから世界に円が溢れて円安になった。」と全く異なる見解のはつ。「金」の相場と同じように説明するので、目から鱗であった。

書店に小学生向けの学習図書は沢山売っているが、解説の本ばかりで導入の本はほとんどない。問題集ばかりで、子供の初歩の理解を促進する参考書は少ないようだ。書店を見た限り、小学生向けの学年別・教科別で1冊になっている参考書は1社くらいしかない。昔からある「自由自在」でも2学年1分冊となっている。いきなり問題集をやらされて、原理がわからくて勉強嫌いになる子供は相当数いるだろう。

塾の講師の話に戻ると、勉強会で上がってしまって、簡単なことを言い間違えて指摘された情けない記憶もある。学生時代の私はまだまだ主観的で未熟であったが、この経験で多少客観性も養われたと思う。能力がなくて迷惑をかけたかもしれないが、「解説」と「導入」という二分法の概念は、社会人になった今でも応用して相手によって使い分けており役に立っている。