ベストチョイスシンドローム

あらゆることに対して最適化を目指す最良選択症候群

父親という存在

私の父親は、現役時代、一応大手の会社に勤務していた。私の記憶ではよく飲みに行き、パチンコをして、休日は家でごろ寝をしている典型的な古いタイプのおじさんであった。私は有難いことに大学を出させてもらったが、父は高卒で、会社の高卒の中では偉くなった方だと言っていた。聞くところでは、大卒の年下の上司に昔ながらの持論を展開したとか自慢話をしているが、どうみても社内で困ったタイプの人ではなかったのかと思っている。 少し早めに退職したが、新たに勤務した関連会社では勝手が違い、なかなか苦労していたようである。

父はどちらかというと現場の担当が多かったようで、休日に家に電話があり出動することもあった。一度、夜遅くに電話があり、学生だった私が晩酌途中の父を事故現場までクルマに乗せていったこともある。また、私が小学生の時に休日に出動があり、なぜか私もクルマに同乗して機械室に入り、父が一人で機器を修理するのを見ていた記憶がある。災害対策の話題で地元のラジオに出演したこともある。だから仕事はそれなりに忙しく、大変だったろうと思っている。

ところで、一昨年だったか私が仕事でお会いした方が、私の父の名前と勤務先を聞いてきたのでお答えすると、偶然にも、昔、父の部下であったということだった。その方は、退職後IT系の会社を起業され、経営しているとのことだった。「お父さんにはお世話になりました。」と言われた。会社における父の晩年にあまり良い印象を持っていない私は、概ねお世辞だと思って、「息子の私が申し上げるのもなんですが、父の方こそお世話になっていたかもしれません。」というような挨拶をした。ところが、社長曰く、父は大変なアイディアマンで職場に新しいやり方を導入したり、技術的にも知識が豊富で一目置かれており、本当に勉強させてもらったと語られた。まあ、お世辞もあるだろうが、その方の語り口からみるとまんざら嘘でもないように思えた。特に新しいやり方云々については、意外な感じであった。

悪くない話だなと思い、後日、父にそのことを話したところ、○○は俺が随分面倒みてやったから感謝しているだろうなどと相変わらず偉そうなことを言い、私もこれはダメだと興ざめしてしまった。しかし、父の仕事ぶりを客観的に聞いたのは初めてで、これからもないだろうと思ったが、正直、父を少し見直した。

ところで偉そうに言っている私が、父に唯一絶対敵わないことがある。私の年収はこれからどう頑張ってみても父の退職時の年収は超えることはないだろうということである。父の年収を以前それとなく聞いたことがあるが、昨今私の収入も横ばい又は微増に止まっている上に職場の基準でみると、バブル時代に退職した父のそれに及ぶことは到底ないのである。客観的にみると「私は父を超えることができなかった。」といえるだろう。私の息子達には少なくても私の収入を上回るような仕事に就いてほしいものである。

「父が亡くなって・・・」となれば美談であるが、どっこい私の父は、まだ健在である。多少病気はあるが普通に生活しており、定年退職後は、特に何もせず、このご時世にのんびりと自宅でテレビをみて過ごしている。父親は偉大である。

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