ベストチョイスシンドローム

あらゆることに対して最適化を目指す最良選択症候群

Facebook考

Facebookに一応登録している。昨年秋頃に招待されたので割と最近である。あるグループに登録し、そのグループの友達が20人ほどいて、ニュースフィードをみることができる。 このダイアリーを始めるきっかけも元々はFacebook登録に始まり、Google+を知り、Hatenaにたどり着いた次第で、招待してくれた友人には感謝している。

Facebookに登録した後、そのグループのイベントに参加して楽しかった旨の感想をやや長文で「ノート」に記して友達に公開した。何人かから「いいね」をもらった。しかし、ニュースフィードをみるとほとんどが写真、リンク、コメントの投稿で、ノートに文章を作成している人はほとんどいなかった。今思えば、文章をアップする人は、別にブログに書いているのだろうが、SNS浦島太郎の私にはその辺がわからなかった。 また、試しに子供がある大会に出場した時の(顔がはっきり映っていない)短い動画をYouTubeの限定公開を使ってFacebookに投稿した。これも何人かから「いいね」をもらった。よくみると「いいね」をくれる人は、ほとんどが私の知り合いであった。当然といえば当然である。どうも私のような機動力のないパソコンに向かってネットに老ける古いタイプの人間にはニュースフィードにはついていけないのかもしれない。

Facebookは、既存のサークル等の情報交換や連絡には有効であるが、1つのテーマについて意見交換や情報交換をするのはなかなか難しい気がする。特に後発で参加した場合、馴染めない上に「なう」的な投稿と「いいね」クリックを繰り返しながら馴染もうとするのは、SNS疲れとなり息苦しい気がする。初めの頃は物珍しさでみていたフィードも、最近は見なくなった。(残念ながら友達申込みもめっきり来なくなった。少し寂しい気がする。)

ほかにもFacebookについては、はじめは自分のプロフィールをいろいろ設定して公開していたが、途中から不本意ながら限定公開とした。もちろん、個人情報により不利益を被る可能性があるので止むを得ないが、実名登録し、自分の経歴や趣味などを積極的に公開し、広くいろいろな人と交流しようというのは、どうも日本的にはなじまないような気がする。日本におけるFacebook登録者が今一つ伸び悩んでいるのは、そのあたりが理由という気がする。

Facebookは、株式公開で時価総額7兆円になるのではと騒がれているし、巷にノウハウ本も溢れている。1986年~1995年がパソコンの時代、1996年~2005年がインターネットの時代、そして2006年~2015年はSNSの時代だとすれば、ハーバード大学で女の子にフラれた(らしい)天才が創造し、現代に君臨するFacebookは素晴らしいと思う。しかし、京都大学が生んだHatenaの方がどうもなじみやすい気がするのである。